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創作活動と創作意欲

正解なんて自分で見つけるしかないよね

明けましておめでとうございます。2024年がスタートしました。

 

昨年はあまり写真を撮る時間を設けず、動画にばかり時間を費やしてしまいました。

新年を迎えて写真ついて 今思うことを綴ってみたいと思います。

 

「他の誰でもない、自分ならではの写真」

自己表現として写真を撮ろうと思った時、自分ならではの写真・自分にしかない写真 それっていったい何なんだろうと考えた人は少なくないと思います。わざとぶらしてみたり、シャッター速度を遅くしてみたり、ピントを甘くしてみたり、色々と試すことになるのですが 果たしてそれが本当に自分ならではの写真なのか?

人によってはそのような手法が正真正銘のオリジナリティになっている場合もあると思います。それはとても素晴らしいことです。ただしひとつ問題があって「自分にとって」それが正解かどうか?そこが大問題なのです。

自分にとって正真正銘 自分らしい写真を表現するための手法は、はたしていつかどこかで見たことのある長時間露光の画像や、ほわっとやわらかいガーリーな画像で良いのだろうか?
その答えはそんなに簡単に見つかるものではないし、そんな簡単に正解が見つかるなら写真で自分を表現する意味なんてあまりないような気がします。

私自身も意図的に、そして無意識に大好きな写真家さんの作風を真似ることを繰り返していますが、そこに自分が納得いくオリジナリティはずっと見いだせないままです。このまま自分ならではの写真なんて一生撮ることができないかもしれないとも感じていますが、それはそれで仕方がないことのような気もします。自分の撮る写真なんてそんな程度のモノであるのです。

では、自分はどうしていきたいのか?
それはとにかく色々と試していくしかないと思うのです。最初から正解なんてわからないのだから、人の真似ばかりしているのではなくて、ある程度模写を経験したら次の段階として自分なりに試行錯誤していくこと。これしかないと思っています。
昔のカメラを使ってみたり、カビの生えたレンズで撮影してみたり、音だけを頼りに撮影したり、目に見える黄色だけを探してみたり、まったく意味のないように思えることをあえて試すことの中から何か見えてくることがあるように思うのです。
以前にもブログに綴りましたが、とにかく撮ること。毎日撮る。気分がのらなくても、眠くても、遊びに行きたくても、とにかく毎日撮る。
常に撮り続けて撮影した写真を見返す。自分の撮った膨大な写真を見返しているうちに自分が気付かなかった自分のオリジナリティを自分の写真から発見できるかもしれない。

確実に見つかるかわからないけど、膨大な写真を撮影した先に自分のオリジナリティが見つかる可能性はゼロではない。そこで大切なのは、いつもどこかで見たことのあるような、誰かがもう発表したことのあるような写真を繰り返し撮っているようでは、オリジナリティのかけらなんて見つからないということ。奇麗に撮るだけが写真じゃないし、写った画像だけが写真でもない。自己表現のための写真、アートとしての写真はそのプロセスですら写真の範囲となる訳だから写した画像よりも撮影するまでのプロセスをテーマにしても良い。

いずれにしても、正解なんてそう簡単に見つからないのは確実。
すぐに答えを見つけたい、だから誰かに聞く・教わる、いつまでもそういう姿勢でいては永遠に自分ならではの写真は見つからないだろう。年初に自分自身に言い聞かせるつもりで、とにかく他の誰でもない自分なりの試行錯誤を続けろ!と綴っておきたいと思います。