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銀塩写真の存在価値

デジタルとアナログ

 デジタル全盛の世の中です。

デジタルが物珍しかった感覚も今では皆無で、逆にアナログ回帰の予兆も感じられるようになってきました。

写真においてもまだいわゆる銀塩写真を愛している人は少なからず存在しています。解像度が日進月歩で高くなっていく今の時代においても、と付け加えておきます。

 

 この時代にフィルムで写真を撮るということは、ある程度の出費を覚悟するということでもあります。フィルム代、現像代、印画紙代、プリント代、自宅で現像するなら薬品代、水道代、廃液処分費用などデジタルであればかからないお金が次から次へと出てきます。それでも銀塩写真をやる価値はあるのか?その答えは人それぞれでしょう。私個人で言えば答えはこうです。

 アナログ写真をやる価値はある。デジタル全盛の今だからこそある。

そう思うのです。フィルムで写真を撮ることについて少し書いてみます。

 フィルムをカメラに装填して写真を撮る場合、短時間で36枚を取り切ることは想像以上に難しいです。1枚に対する責任があるというのでしょうか、シャッターを押すまで自分の中で本当に撮るのか、やめるのか、自問自答があります。それでも撮ると感じればシャッターを押し巻き上げます。巻き上げることで頭もリセットされる感覚があります。そして次に心が動く光景に出会ってまた、自問自答するのです。この繰り返しを36回行ったらフィルムを交換するわけですが、フィルムを入れ替えるとまた、新たな気持ちになります。毎回毎回、常に自分と向き合う作業と言っても良いと思います。この感覚はフィルム写真独特の感覚だと思いますが、この感覚を経験されている方も多いのではないでしょうか。

 銀塩写真で特徴的なことは、撮影を終えたフィルムの現像処理だと思います。フィルムをネガに現像し、そのネガの中からプリントする写真を選定していくことになります。35mmフィルムなら36枚、中判カメラでブローニーなら10枚〜16枚ほどの中からプリントする図像を選定しますが、1本のフィルムからプリントまでいくのは、多くて4枚程だと思います。プリントすると決めたコマを印画紙に焼き付けするわけですが、きちんとしたネガでなければ綺麗なプリントには仕上がりません。現像のやり方で多少のリカバリーはできますが、やはりネガがきちんと仕上がっていることがとても大事です。きちんとちたネガとは、きちんと撮影するということです。きちんと撮影するとは、プリントする時のことをイメージしつつ適正露出で撮影するということになるでしょう。

 さて、今の時代に銀塩写真をやる価値があるかないか。というテーマに対する私なりの回答をまとめてみると、

1枚の写真にたいする責任ということになると思います。

フィルム撮影した写真をプリントまで仕上げるには、それなりのかなりの手間と時間お金、そして熱意のようなものが必要です。それらがあってようやく1枚のプリントになるのです。この効率の悪さが嫌でも自分の写真に向き合わざるを得ない状況を作り出します。それが自分の写真の身になっていくのだと思っています。

 一方デジタルについて考えてみます。

デジタルの利点が多々あるのは言うまでもありません。しかしデジタル写真で注意するべきことは、デジタル撮影図像に責任を持つことだと思います。ここでの責任とは、撮りっぱなしにしないということです。デジタルの手軽さによって、後で見返せないくらいの数を撮影してしまうことはよくあります。それがかなりの量であっても、撮影した後に自分の撮影した図像をきちんと見直すことが必要です。私は撮影したことで安心、満足してしまうことがデジタル写真にとって唯一の欠点だと考えています。

 そしてできれば、デジタル撮影した写真をプリントアウトすることをお勧めします。時間と費用をかけてわざわざプリントアウトすることで、自分の写真に対する意識は高まり、責任感も増してくるでしょう。銀塩写真特有のこの感覚をデジタルにも活用できるようになれば、必ず良い効果をもたらすと私は考えています。

 次回はバライタ紙へのプリント現像について書いてみたいと思います。

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